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津地方裁判所 昭和34年(ヨ)13号 判決

申請人 設立中の財団法人三桝育英会

被申請人 設立中の財団法人清水育英会 外一名

主文

申請人が、保証として、被申請人財団に対し金一〇〇万円被申請人会社に対し金一万円を供託することを条件として、左の通り定める。

被申請人等の別紙物件目録記載株式の占有をといて、申請人の委任した津地方裁判所の執行使にその保管を命ずる。執行吏は、申請人がその費用を支出したとき右株券を株式会社東海銀行の金庫にその保管を託することができる。

被申請人等は、右物件を第三者に譲渡、質入、その他一切の処分をしてはならない。

被申請人たる設立中の財団法人清水育英会は右株式に基いて株主としての権利を行使してはならない。

被申請人会社は、その本店において営業時間内にかぎり、申請人またはその代理人の申出があるときはそれらの者に対し被申請人会社の株主名簿、株主総会議事録及び付属書類、取締役会議事録及び付属書類の閲覧謄写をさせなければならない。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は、被申請人等の連帯負担とする。

事実

申請人代理人等は、主文第二項ないし第六項同旨のほか別紙物件目録記載の株券の占有を他に移転してはならない。被申請人等は、別紙物件目録記載の株式につき、申請人が昭和三一年一一月二八日以降然らずとするも昭和三三年四月二二日以降仮りに株主たることを確認し、被申請人会社の第二二期通常株主総会及び本案判決確定に至るまでに開催される臨時株主総会並びに通常株主総会に出席し株主としての権利を行使することを許さなければならないとの仮処分命令を求め、その申請理由として、左の通り述べた。

一、(亡清水千代二郎の寄付行為による申請人財団の発足)申請人は、申請外亡清水千代二郎がその生存中である昭和三一年一一月二八日寄付行為をなし、財団法人三桝育英会を設立せんとし、その所有する別紙物件目録記載の株式二〇万株(以下本件株式と略称する)及び現金二〇万円を出捐し、自らその代表者となつてその設立許可申請中のものであつたところ、昭和三三年四月二二日同人死亡のため同人の相続人の一人であり、かつその設立委員の一人である清水清明が右設立中の財団法人である申請人の代表者となつて設立許可手続を続行中のものである。

二、(申請人財団が右寄付行為にかかる株式の帰属主体であること)被申請人清水育英会は、右清水千代二郎が昭和三一年一月一三日、津地方法務局所属公証人庄司桂一作成の第一一〇〇一一号第一一〇〇一二号公正証書によつてした遺言による寄付行為があるものとして、右千代二郎没後その設立許可申請手続をとつているものである。

しかしながら、右遺言による寄付行為は申請外清水千代二郎の生前処分である前述の寄付行為と目的、寄付財産等共通で互いに抵触するものであるからそれにより取り消され無効となつたものである。したがつて、被申請人清水育英会はその設立申請をなしえないばかりか、いかなる意味でも本件株式の権利者とはなりえないものである。

これに対し、申請人は、前述の通り右千代二郎の生前処分による寄付行為で本件株式の出捐をうけた財団で、その財団法人設立許可のあるまでは、いわゆる権利能力のない財団で代表者の定めあるものであり、右寄付行為のあつた日の発起人会において、その設立許可のときの財団法人三桝育英会の財産として本件株式の権利を受諾しこれを取得したものである。また、仮りに、右寄付財産が右千代二郎の死亡までは同人に属するものとしても、民法第四二条第二項の法意にてらし本件株式は同人の死亡と同時に申請人に帰属したものと解すべきである。

三、(申請人が被申請人等に対し本件株式の返還を求める根拠)

申請人は、本件株券を昭和三一年一一月二八日右清水千代二郎から前述の寄付行為による寄付申込をうけてこれが申込を受諾し、その権利者となりこれを被申請人会社に寄託していたものであるから、申請人は被申請人会社に対し右寄託契約によりその返還を求める。

仮りに、本件株券が、右千代二郎死亡に至るまで同人に属していたものとしても、その死亡と同時に前述の通り申請人に帰属したと解すべきであるから、被申請会社は、右千代二郎死亡後は申請人のため事務管理により本件株券を管理しているものとすべきであるから申請人の返還申入れに対し本件株券の引渡義務がある。

また、仮りにそうでないとしても、被申請人等は、本件株券が申請人の所有に属することを知りながら昭和三四年一月一三日までの再三に亘る申請人の引渡要求を拒み何等の権限なく不法な占有を継続しているものであるからその所有権に基いてその引渡を求めるものである。

四、(仮処分の必要性について)

しかるに、被申請人等は、本件株式についての申請人の権利を争い、被申請人財団と被申請会社の代表者を同一人である広瀬英利がかねていることから、右広瀬英利は、その株式名義を被申請人財団清水育英会代表者広瀬英利名義に書きかえてしまい、昭和三三年一一月二七日の被申請会社の第二一期株主総会においては、被申請人財団名義でその議決権を行使し、また、その配当金二百数十万円を不当に受領し、申請人の本件株式の引渡、株主権の行使ことに、その議決権の行使や株主名簿その他株主として閲覧権ある書類帳簿の閲覧等を拒み、さらに、申請人財団法人設立許可申請に要するその原本をも不正隠匿している。それのみならず、被申請人会社においては、右広瀬英利がその代表取締役に就任して後は、ほしいままに取締役会を開催し、事実に相違した取締役会議事録を作成し、また、申請人の株主名義書換を拒絶し、あるいは右亡千代二郎の相続人清水清明他三名に交付すべき被申請人会社第二〇期株主総会で決議されたその退職弔慰金についても理由なくその履行をなさず、さらに、被申請会社の作成にかかる来るべき第二二期株主総会に提出される決算案によれば、その貸借対照表資産の部に流動資産前渡金一七九六万五七八六円の計上があり、そのうちには日本新棉花株式会社に対する債権と称する一六六三万一〇五四円が含まれているが、この債権の存否はとにかくとして、被申請人会社はこれが取立不能であることを昭和三四年三月一八日の取締役会で確認し、かつその保証人である清水清明にもその弁済能力なしとしてその破産申立に及んでいる。それにもかかわらず、被申請会社は、右債権を資産として計上し、損益計算書において当期利益金として一六一〇万三四〇円を算出しているが、これは明かに架空の利益であり、実質は五三万円以上の欠損である。それ故利益処分案通り配当金や役員賞与金が承認可決されるときは、蛸配当となり会社財産を危くするに至るものである。そして被申請人会社は、その取締役である申請人代表者清水清明に対し右株主総会招集に関する通知をなさずして、右第二二期株主総会を開催し、本件株式の議決権数が右総会の決議を左右するものであることからこれを行使して右決算案の決議を強行しようとしている。

ところで、申請人は、その財団設立の許可があるときは、本件株式を主要財産とし、その配当金で運営されるものであるところ、被申請人会社の運営がいかにしてなされるか、とくに、その代表取締役をはじめとする取締役陣の構成はその会社業績ひいては配当に大きく影響するものであることから、被申請人等代表者広瀬英利や被申請人会社取締役の前叙の行動は被申請人会社を危殆にみちびくものであり、被申請人会社の対外的信用を失墜せしめ事業の運営上にも甚大な支障をきたすものと云わなければならない。

そして、現状がつづけば、申請人はその設立許可申請が却下となるおそれもあり、また、その存続自体が危まれる結果となつてその損害は到底回復し得ないものであるから、本件仮処分申請に及んだものであると。

そして申請人は申請外清水千代二郎が前述の財団法人三桝育英会の申請手続をその生前において中止し、その寄付行為が解除されたとの被申請人等の主張を否認した。

申請人代理人等は、疎明として、甲第一、二号証、第三、四号証の各一、二第五号証の一ないし三、第六号証ないし第二五号証を提出し、申請人代表者清水清明の尋問結果(第一、二回)を援用し、乙第一号証について、原本の存在とその写真であることを認め、乙第二号証、第四号証の二、と四、乙第八号証の一、二、三の原本の存在並びに成立につき、乙第一〇号証、乙第一一号証、乙第一六ないし二五号証の成立につき、いずれも不知、その余の乙号各証の成立を認めると述べた。

被申請人等代理人は、申請人は、法律上不存在であり、したがつて訴訟上の当事者能力を欠くものであるが、仮りにこれありとするも、なお、その代表者として本件仮処分申請をしている清水清明は、その代表権限がないものであるから、本件申請は不適法として却下されるべきものであると述べ、

右異議をとどめて、本件申請は後述の通り仮処分の理由を欠くものとして、その却下の判決を求め、申請人の主張に対し、左の通り述べた。

申請理由一の主張中、清水清明が財団法人三桝育英会の設立中の財団の設立代表者となつて、その設立許可手続を続行中である点を否認し、その余の主張を認める。

申請理由二の主張中、被申請人清水育英会は、右清水千代二郎が昭和三一年一月一三日津地方法務局所属公証人庄司桂一作成の第一一〇〇一一号第一一〇〇一二号公正証書によつてした遺言による寄付行為にもとずいて、右千代二郎没後その設立許可申請手続をとつているものであることは認めるが、その余の主張を否認する。

申請理由三の主張に対し、本件株式が右清水千代二郎の生前から同人により被申請人会社に引渡され、被申請人会社が引続き現在もこれを保管し、被申請人財団の申入れによつて、同財団名義にその名義書換手続を了したが、申請人主張はこれを否認する。

申請理由四の主張に対し、被申請人会社の第二二期株主総会が近く招集され、被申請人財団が本件株式の議決権を行使するものであるが、本件株式の議決権数が右総会の決議を左右するに足るものであることを認める。また、被申請人財団と被申請人会社の代表者を同一人である広瀬英利がかねていること、昭和三三年一一月二七日の被申請人会社の第二一期株主総会においては、被申請人財団名義で本件株式の議決権が行使せられたこと、申請人の本件株式の引渡、株主権の行使、ことにその議決権の行使や株主名簿その他株主として閲覧権ある書類帳簿の閲覧請求を拒んだこと、被申請人会社第二〇期株主総会において決議された亡千代二郎の退職弔慰金をその相続人清水清明他三名に交付しておらないこと、被申請人会社第二二期株主総会に提出予定の決算案中その貸借対照表資産の部の流動資金前渡金一七九六万五七八六円のうちに日本新棉花株式会社に対する債権一六六三万一〇五四円が含まれており、被申請人会社は、その連帯債務者清水清明に対し破産申立をなしていること、右被申請人会社は右債権を資産として計上し、当期利益金として一六一〇万三四〇円をかゝげていること被申請人会社代表者広瀬英利は、本件株式の議決権を自ら行使して右決算案の採択決議をせんとしていることは明かに争わないが、申請人主張の本件仮処分の必要性は否認する。

と。

そして、左の通り抗争した。

一、申訴外清水千代二郎は、その存命中の昭和三一年一一月二八日財団法人三桝育英会を設立せんとして、その所有する三桝紡績株式会社株式二〇万株及び現金二〇万円の寄付申込をなし、自らその代表者となつて設立許可申請をしたものであるが、その後、右申請をとり止め、当時、すでに作成されていた遺言書によつてこれが実現を企図するに至り、その後文部省に対しその設立申請手続をとつていないことから結局、右生前処分による寄付行為は放棄または解除されたものと解すべきである。また、仮りにそうでないとしても、その設立申請手続は、右清水千代二郎によつてのみなされうべきものであつて、他の者においてその申請をなし得ないものと解せられるし、同人の死亡当時、いまだその設立許可がなかつた以上、その寄付行為の効力は生ぜないものと云うべきである。したがつて、申請人財団なるものは不存在である。

さらに、設立中の財団法人三桝育英会なるものについても、その主張の如き設立準備の総会が開催された事実がない。昭和三一年一一月二八日午後一時から被申請会社において設立総会を開催した旨の決議録の記載も単なる書面上の作りごとである。そして、それにつゞく諸々の手続はいずれも無効の行為の上につみ重ねられた無効のものといわねばならない。

二、これに対し、被申請人財団は、右清水千代二郎の遺言にもとずく正統のものである。右遺言が前叙の生前処分によつて取り消されたものとは解することができない。右生前の寄付行為はすでに無効となり、また、右遺言を取り消す意思の認めるべきものがない。そして、仮りに右生前処分を有効とするも右遺言によつてその財団の設立を期し、さらに一〇万余株の追加出損を期しているものであり、右遺言執行者としては、被申請人財団の設立手続をとる義務を有するものである。

三、ところで、仮りに申請人財団の存在を認め、その能力が容認されるとするも、なお、申請人財団に本件訴訟当事者能力があるとすることからは、申請人に私法上の権利能力があると云うことにならないので、申請人が財団であるにかゝわらず、その中心たるべき財産が申請人に帰属し得ないと云うことになり、本件仮処分申請の正当な当事者となり得ない。それのみでなく、かりに本件株式が申請人に帰属するものとするも、被申請人会社は、本件株式を右遺言の執行者のため、あるいは被申請人財団のためこれを保管するものであり、申請人において右清水千代二郎からの引渡が未了であつた以上、その引渡を求める相手方は右千代二郎の相続人でなければならない。

四、さらに、申請人代表者清水清明にはその代表権限がない。清水清明に申請人の代表権限を付与した昭和三三年一二月二〇日の三桝育英会理事会の決議は不適式のものであり無効のものである。申請人もその点を自認したことがあり、その代表権は根拠がない。

五、つぎに、本件仮処分の必要性についても、申請人は、本件株式を申請人財団の唯一の基礎とするから、その株主権を株主総会において行使しなければならないと主張するが、その真意については、諒解に苦しむ。なお、過ぐる昭和三三年の秋の第二一期株主総会において、申請人が右株主権を行使しておらないことによつて回復しがたい損害が生じたわけではない。また、来る昭和三四年の第二二期株主総会は、たゞその決算承認を求めるのみのものである。そして、被申請人会社の代表者に広瀬英利が適任か清水清明が適任かと云うことは本件仮処分の必要性とは無関係でより、民事訴訟法第七六〇条但書に該当する事由はどこからも見出すことができない。

被申請人等代理人等は、疎明として、乙第一、二、三号証、乙第四号証の一ないし四、乙第五、六号証の各一、二、乙第七号証、乙第八号証の一、二、三、乙第九号証の一、二、乙第一〇ないし二八号証を提出し、証人辻井正之、吉田俊彦の各第一、二回証言、証人上田九一、紅林武衛、所司金次郎の各証言及び被申請人会社兼被申請人財団の代表者広瀬英利の尋問結果を援用し、甲第二号証甲第五号証の一ないし三、甲第六ないし第八号証、甲第一六ないし第二一号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一、被申請人等の申請手続上の抗弁について、

まず、有効な寄付行為があつた場合、主務官庁の財団法人設立の許可によつて、その財団法人が設立されるに至るが、右寄付行為後、法人設立に至るまでの間は、右財団法人の胎児とも云うべき法人格のない一種の財団を想定して、そこにその寄付行為者や一般第三者との何らかの法律関係を認めることができるか否を検討する。

生前行為による寄付行為があり、そこには出捐財産のほかその名称、事務所や理事の任免、代表関係等その運営管理機構等も一応定められている場合、その財団法人設立の準備として主務官庁の法人設立の許可ある場合にそなえて、法人格を取得すべき財団を組成する財産がすでに実質的に一個の財団にまとまつているものとみて、これについて、その設立許可を得る目的のもとにその財団を中心にして右寄付行為に準じた運営管理機構を定め、もちろんその代表者をも定めた場合は、ここにやがて設立されるべき財団法人の胎児が存在するものとみて、そこに、一種の権利能力のない代表者の定めのある財団の設立があつたものと解することができるものということができる。そうすれば、かゝる場合、右出捐財産がいまだ寄付行為者の名義に属している場合にも、その実質上の帰属は、すでに右の権利能力のない代表者の定めのある財団に移転している場合もあるであらうし、さらに、右権利能力のない代表者の定めのある財団との関係で寄付行為者や一般第三者との法律関係を論ずることも可能であるといわなければならない。

さらに、かゝる場合、右寄付行為が後刻取り消されあるいは何等かの理由で無効となつた場合においても、右権利能力のない代表者の定めのある財団が形式上存在する以上、なお、その訴訟当事者能力を有するものと解するのが相当であり、このことは、遺言による寄付行為があり、その遺言が無効とされるに至つた場合においても同様に解することができる。

ところで、申請外亡清水千代二郎がその生存中である昭和三一年一一月二八日財団法人三桝育英会を設立するための寄付行為をなし、その所有する別紙物件目録記載の株式二〇万株(以下本件株式と略称する)及び現金二〇万円を出捐し、自らその代表者となつて右財団法人設立申請手続をとつていたが、昭和三三年四月二二日死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。また、その成立について争いのない甲第一号証中の財団法人三桝育英会寄付行為によれば、右清水千代二郎は、その寄付行為中に財団法人の役職員、理事会についての定めをなし、理事長の代表権限を規定し、同財団の運営管理機構を明かにしていることが認められる。

そして、その成立について争いのない甲第一号証によると、右清水千代二郎は、右寄付行為とともに、昭和三一年一一月二八日自らその主導者となつて財団法人三桝育英会の設立準備総会をひらき、自らその理事長に就任し、右財団法人を代表すべき者となり、財団法人設立許可を得た場合直ちに同法人に発展できる様その設立準備行為ををすゝめたことが認められるので、こゝに右設立中の財団法人三桝育英会なる権利能力のない代表者の定めのある申請人財団が成立したものと認めるのを相当とする。もつとも右甲第一号証やその成立について争いのない甲第二四号証や被申請人等代表者の尋問結果からその成立の認められる乙第一九号証並びに申請人代表者清水清明や被申請人等代表者広瀬英利の各尋問結果によると、右設立総会には、その決議録記載通りの列席者はなかつたことが認められるがまた、不出席者が事後になつて右総会の設立決議録に署名したこと並びに、右寄付行為者清水千代二郎は当日列席の清水清明他数名とともにその設立決議をなしていることが認められるので、右設立総会は無効であり、ひいては申請人財団も存在しないものとは到底解することができない。さらに、その成立について争いのない乙第二八号証や被申請人等代表者広瀬英利の尋問結果によると前示設立総会の日に右清水千代二郎が主宰した財団法人清水育英会設立決議録も作成せられていることが認められ、その名称が被申請人財団と同一ではあるが、被申請人財団は後記認定のように右千代二郎の遺言の寄付行為によるものであることから、到底被申請人財団の設立決議があつたものとは解しがたく、むしろ、右甲第一号証と乙第二八号証によると前示両設立決議においては右名称の点を除いて、その決議日時、場所、内容さらに決議者の氏名を同一にするのみならず、右甲第一号証や各尋問結果によると当時財団法人の名称を清水育英会とするか三桝育英会とするか確定的でなかつたことが疎明されているので、右乙第二八号証による決議も申請人財団の設立決議と解するを相当とする。

また、被申請人財団についても、前示の通り右清水千代二郎は、昭和三三年四月二二日死亡したが、右千代二郎が昭和三一年一月一三日津地方法務局所属公証人庄司桂一作成の第一一〇〇一一号第一一〇〇一二号公正証書による遺言によりなした寄付行為にもとずいていることは当事者間に争いがなく、その成立について争いのない甲第三号証の一、二や前示甲第二四号証乙第一九号証や各代表者尋問結果によると、被申請人財団代表者広瀬英利は右遺言によりその遺言執行者の一人に指定されており、その職務上、自らその代表者となつて、将来、主務官庁の許可ある場合に右遺言による寄付行為に基く財団法人清水育英会に発展すべき設立中の権利能力のない代表者の定めある財団として被申請人財団を設立していることが認められるので、申請人財団と同様その訴訟当事者能力を有するものとすべく、また、仮りに右遺言による寄付行為が無効であるとするも、なお、その訴訟当事者能力をたゞちに失うものでないことも前示当裁判所の見解にてらし当然である。

したがつて、被申請人等が、右清水千代二郎の生前処分による寄付行為が無効に帰したことを理由として、あるいは申請人財団に出捐財産の帰属し得ないことを理由として、申請人財団の存在を否認し併せてその訴訟当事者能力を争う見解は、これを採用しがたいものといわなければならない。

つぎに、被申請人等は申請人代表者清水清明の代表権限を争うので按ずるに、右甲第一号証により前示清水千代二郎の生前処分による寄付行為では財団法人三桝育英会設立後の役職員や会議についておおよその定めがあることは認められるが、申請人財団についてはその役員たる理事や理事長の選任方法や理事長の権限等をとくに規定したものを認めることができない。しかし、前認定の申請人財団の性格上その理事長の選任やまたその権限等は右寄付行為によつてすでに定められているところに準じ、また寄付行為中のそれらの定めに背致しないかぎり条理にしたがつて代表権の適法か否を判断すべきものであるところ、申請人財団の代表者と解すべき前記清水千代二郎死亡後、後任代表者が前示寄付行為に定められた財団法人代表者選任方法にしたがつて選任されておらない場合、各役員は申請人財団に対する職責上、当然後任代表者の選任または指名について発議できるものと解するから、すでに財団法人三桝育英会の理事予定者とされていた右清水清明が他の理事予定者を招集したことは直ちに違法とすることができない。さらに、前示申請人代表者尋問結果(第一、二回)からその成立の認められる甲第二号証中の昭和三三年一二月二〇日付財団法人三桝育英会の理事会決議書や右第一、二回尋問結果によると、同日財団法人三桝育英会の理事長予定者清水千代二郎の死去に伴う後任理事長予定者すなわち申請人財団の代表者の選任が右理事予定者によつて行なわれ、清水清明がその理事長予定者に選任せられ、即時これを承諾して申請人財団の代表者となつたことが認められる。もつとも、その成立について争いのない乙第五号証の一、二や被申請人等代表者の尋問結果によると、当時、財団法人三桝育英会の理事予定者とされていた右広瀬英利に対する右理事予定者会開催の通知書は右期日の二日前である同年一二月一七日付で同月一八日の午前零時から八時の間に投函発送されたことが認められて、招集通知の方法としては必ずしも妥当ではないが右理事予定者会の成立を不可能にし、また、証人吉田俊彦第一回の証言からその成立の認められる乙第二一号証によると右理事予定者の一人吉田謙介が右選任をなしたことは仮構であるものと認められるが、なお、そこにおける決議を無効にする程の瑕疵とは認められず、結局、清水清明は、適法に申請人財団を代表するものと認めるのを相当とする。

したがつて、本件仮処分申請がその訴訟要件を欠くものとする被申請人等の主張は、これを援用することができない。

二、申請理由の有無について

(一)  本件株式の帰属関係について

前示の通り申請外亡清水千代二郎の生前処分の寄付行為によつて、本件株式は財団法人三桝育英会のため出捐されたのであるが、被申請人等は、右千代二郎が右生前処分による寄付行為をその後取り消し右寄付行為は無効に帰したと主張し、その成立について争いのない乙第四号証の一や証人辻井正之の証言によつてその成立が認められる乙第一六号証、前示乙第一九号証や被申請人等代表者の尋問結果によると、前示寄付行為に基く財団法人三桝育英会の設立許可申請手続について右千代二郎存命中の昭和三三年三月末その申請書類が返送され、したがつてその審理が中断されていること、また、右千代二郎は、右申請手続の不備を指摘せられて、手続の煩錯におどろき、許可申請えの熱意を減じ、場合によつては遺言による財団設立によつて育英会設立の初志を貫くこともできるものと述べたことについてはその疎明があるが、その事実から右千代二郎がすでに前示生前処分による寄付行為にもとずく財団法人の設立の意図を放てきしていたものとは到底解することができない。したがつて右寄付行為がその頃から無効に帰したものとすることもできない。

ところで、前示甲第一号証によると右千代二郎は右寄付行為とともに財団法人三桝育英会の設立許可申請手続に及んだことと右財団法人設立のうえは、同法人に発展すべき設立中の申請人財団の代表者にも就任したものと認めることができる。かゝる場合、本件株式が、右寄付行為とともに申請人財団に実質上帰属することとなるのか、あるいは、右財団法人設立の許可あるまで右千代二郎にひきつゞき属するものか、さらにまた、右千代二郎死亡の時申請人財団に属するものと認めるべきかを考察するに、まず本件株式が右清水千代二郎死亡当時まで同人名義であつたことが弁論の全趣旨から認められるが、申請人財団が法人格を有しない以上、本件株式が実質的に申請人に属する場合にも、なお、その名義は右千代二郎名義であることから、直ちに本件株式はその死亡時まで右千代二郎に実質的にも帰属していたものとみることはできない。また、本件株式の帰属関係やその時機については、寄付行為中に特別の意思表示がある場合、それによることは当然であるが、前示寄付行為中にはそれを見出すことができない。たゞ、前示乙第一六号証によると右清水千代二郎は前示寄付行為をなした後も本件株式の配当金については、その死亡に至るまで千代二郎個人の所得としてこれを受領していたことが認められるので、右甲第一号証から申請人が前示設立総会において、本件株式の寄付申込について、これを財団の財産として受け入れることを可決したことを認めることができるも、なお、これによつて、その折、直ちに本件株式の譲渡があつたものと認めがたく、むしろ、右清水千代二郎は財団法人の設立許可あるまで本件株式の権利を自らに保留していたものと認めるのを相当とする。しかしながら、右清水千代二郎が財団法人三桝育英会の設立前に死亡したことによつて、その死亡の時に本件株式は申請人財団に実質上帰属したものと解さなければならない。それは民法第四二条第二項が遺言によつて寄付行為がなされた場合、寄付者死亡後財団法人成立に至るまでの間、寄付にかゝる財産を相続財産に属させておくことから生ずる種々の弊害を防ぐため、とくに、遺言が効力を生じた時から、寄付財産は、将来設立されるべき財団法人に帰属したものとみなしている立法趣旨にかんがみると、本件の場合も同条を準用または類推して、本件株式も右千代二郎死亡の時申請人財団に帰属したものと解するのを相当とし、これと異なる解釈は採用できない。

そして、被申請人会社は、本件株式を前示清水千代二郎の生前に同人から引き渡され、現にこれを占有している旨自陳し、また、本件株式の名義は被申請人財団に書きかえられていることは当事者間に争いがなく、被申請人財団は本件株式の名義人としてその保管を右被申請人会社に托しているものと推定できるので、被申請人財団もまた本件株式を間接に占有するものと解すべきところ、後記認定の如く被申請財団は本件株式についての権利を有せず、かえつて申請人に前示認定の通り本件株式が帰属しているものである以上、被申請人等は、右清水千代二郎の存命中はとにかく、その死亡後は、右占有によつて権利者である申請人に対する関係ではその事務管理をなすものと云わねばならず、申請人からの返還請求があつたことが、その成立について争いのない甲第一三号証や弁論の全趣旨から疎明されている限り、被申請人等は、申請人に対し本件株式の引渡し義務を免れないものである。

なお、被申請人財団は、前示の通り右清水千代二郎の昭和三一年一月一三日の公正証書の遺言による寄附行為にもとずいているものであるが、申請人は、右遺言による寄附行為はこれと抵触する右清水千代二郎の昭和三一年一一月二八日の前示生前処分たる寄附行為によつて取り消され無効となつた旨主張するので按ずるに、右清水千代二郎がその設立せんとする財団法人のため出捐する株式二〇万株は、両寄附行為とも同一の本件株式である他、その財団の目的も同一である上、前示本件当事者各代表者の各尋問結果から、右清水千代二郎は一つの財団法人の設立を企図していたのに、たまたま、その名称を財団法人三桝育英会とし、遺言によるものは財団法人清水育英会としたものであることが認められたゞ、前示甲第三号証の一、二やその成立について争いのない甲第一五号証や前示申請人代表者の第一回尋問結果によると右遺言による寄附行為においては右二〇万株の他さらに一〇万四七六五株が多く出捐されている点に相異を認めることができるが、右認定の両者の関係から考えると、やはり右遺言による寄附行為は、その後になされた前示生前処分による寄附行為によつて取り消されたものと解せられ、したがつて、被申請人財団は本件株式について何等の実質上の権利を有しないものと認めなければならない。

(二)  本件仮処分の必要性について

前示の通り、被申請人等は、申請人に対し本件株式の引渡し義務を免れないものであるところ、被申請人等は、その保管証明書の作成交付すらこれを拒んでいることが前示甲第一三号証によつて疎明されているので、その執行保全のため主文第一、二、三項の限度で仮処分命令の必要を認めねばならない。

また、本件株式の議決権数が被申請会社の株主総会の決議を左右するものに足ることについては、当事者間に争いがなく、被申請人会社と被申請人財団の代表者は同一人である広瀬英利がかねていることは当裁判所に明かであり、昭和三三年一一月一七日の被申請人会社の第二一期株主総会においては、被申請人財団名義でその議決権が行使されたこと、被申請人会社第二〇期株主総会において決議された亡清水千代二郎の退職弔慰金をその相続人清水清明他三名に交付しておらないこと、被申請人会社第二二期株主総会に提出予定の決算案中では、その貸借対照表資産の部に流動資産前渡金として一七九六万五七八六円があげられているが、そのうちに日本新綿花株式会社に対する債権と称する一六六三万一〇五四円が含まれており、被申請人会社は、その連帯債務者清水清明に対し破産申立をしていること、しかるに、被申請人会社は、右の通りこれを資産に計上し、当期利益金として一六一〇万三四〇円をかかげていることは被申請人等の明かに争わないところで、その自白があつたものとみなす。ところで、申請人に対し財団法人設立の許可あるときは、本件株式並びにその配当金がその財団の主要なる財産を組成し、同財団の存続を左右するものであることから、申請人は被申請人会社の経営について重大なる利害関係を有するものといわねばならない。

しかるところ、右争いのない事実や前示甲第二四号証、乙第一九号証、被申請人等代表者尋問結果からその成立が認められる甲第一六号証、申請人、被申請人等の代表者尋問各結果から、被申請人会社は、本件株式の議決権数に支持されて運営されているが、会社計理においては、少くとも前示申請外新日本綿花株式会社に対する債権の扱い方にその堅実を欠くものがあり、ひいては、利益金の計上について妥当を欠き、あるいは、また被申請人会社所有自動車の配置利用についても必ずしも首肯しがたいものがあつて、その運営の一部に失当のものあることが認められる。そして、かかる運営が可能であるのは、前示の通り被申請人会社代表取締役広瀬英利が同時に被申請人財団の代表者を兼ね、また、右会社の取締役が右財団の役員を兼務することも前示甲第三号証やその成立について争いのない甲第二二号より認められることによつて、被申請人財団名義の本件株式を容易に被申請人会社の運営に役立てることができることによる。ところで、このままでは、被申請人会社の資産内容や本件株式の価格やその配当に影響し、かかることは、本件株式をその主要な財団財産とする申請人財団の存立にかかわる著しい損害であるので、前認定のように被申請人財団が本件株式について実質的にはその権利を有しない点にかんがみ、右損害をさけるため、仮りに、被申請人財団が本件株式に基いて株主としての権利を行使することを許さないものとする仮処分命令の必要を認めるべく、また、被申請人会社は、申請人の申出にかかわらず、株主名簿その他株主として閲覧権のある書類帳簿等の閲覧等を拒んだことが争いないので、仮りに、被申請人会社は、その本店において営業時間内にかぎり、申請人またはその代理人に対し申請人会社の株主名簿株主総会議事録及び附属書類、取締役会議事録及び附属書類の閲覧謄写を、その申出に応じてこれを許さなければならないものとする仮処分命令の必要を認めることができる。

なお、申請人は、本件株式につき、申請人が昭和三一年一一月二八日以降然らずとするも昭和三三年四月二二日以降仮りに株主であることを確認し被申請人会社の第二二期通常株主総会及び本案判決確定に至るまでに開催される臨時株主総会並びに通常株主総会に出席し、株主としての権利を行使することを許さなければならないとの仮処分命令を求めているが、前示認定にかかる本件株式が申請人財団に帰属した昭和三三年四月二二日以後の本件株式分の配当金については、被申請人会社において、その相当額を預金していることが被申請人等代表者広瀬英利の尋問結果によつて疎明されているので、前示申請人財団が、その著しい損害をさけるために、とくに昭和三一年一一月二八日まであるいは昭和三三年四月二二日に遡つて本件株式についてその権利者であることを仮りに確認することの必要についてはその疎明を欠くものと言うべく、また、申請人が、仮りに、本件株式の議決権を今後の株主総会において行使することの必要についても、すでに、本件株式について被申請人財団の議決権行使を仮りに停止した以上、なおその必要ありとする点についてはその疎明がなくこれらの疎明を保証金をもつてかえることも相当でないと考えるので、右申請はこれを却下すべきものとする。それで、前示仮処分命令の必要を認めた分について諸般の事情を考慮して、主文掲記の保証金を供託せしめることを条件として、これを認容し、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 西岡悌次)

物件目録

一、三桝紡績株式会社株式二〇万株(一株の金額五〇円)但し名義人昭和三三年四月二二日当時清水千代二郎、昭和三三年九月三〇日付で財団法人清水育英会設立代表者(又は設立準備委員長)広瀬英利名義にかきかえられたものにして被申請人会社が昭和三一年一一月二八日申請人に対し保管証明書を発行して保管していたもの。

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